“声 ” に携わる方たちの練習教材の定番

     『外郎売り』の徹底研究へのお誘い。

 アナウンサー養成所、声優養成所、演劇研究所、等に足を踏み入れた方は、まず体験されているだろう早口言葉の練習帳としての『 外郎売り』の暗唱、音読。しかしその教科書には嘘がたくさんちりばめられていた。アナウンサー用教科書にしたためられる際に、たくさんの誤記、誤読、誤解が発生し、さらに、単なる早口言葉の練習帳の意味合いのもとに乱暴な扱いがされてきたように思えてならない。1718年 享保 3年に、二代目市川団十郎がどのような想いで、この外郎売りの台本を上梓したのか? そこへ遡っての考察の旅である。博識であり、向学心にたけた団十郎が、日本語の未来を切り開こうとせんがため、歌舞伎の演目を以って、“ 中国音韻学 ”を日本中に流布するために書かれたものだったのである。正調外郎売りを口伝できる方たちが失われてゆく中、それを引き継いできた者として、ぜひ若い方たちに伝えてゆきたいと思っている。

単なる早口言葉の練習帳としてではなく、語りの、ナレーションの原点・バイブルとしての『 外郎売り 』にチャレンジしてみませんか。

では、その一節を紹介しましょう。

正調 『 外郎売り 』 の口伝に取り組んでゆきたい。

 この演目は、ただの早口言葉の練習帳ではない。

1300年余の時を経て中国より伝えられ来た漢字を基本とする日本語への伝承の歴史。日本の国語教育において、置き去りにされなおざりにされてきた、呉音・漢音に代表される漢字音などの問題。

けんりつではなくこんりゅうと読むんだよ、とだけ教えられてきた現実。なぜ、建立をこんりゅうと読むのかの理由を教えてこなかったことの付けが回ってきている。ただ丸暗記のもとに漢字を読み分けている現代人。だから応用が利かない。類推・憶測が成立しないのである。

漢字の読みわけにはすべて理由があって歴史があって、そこには多くの法則が存在する。法則イコール定義であり方程式でもある。

答えを求めるセオリーに、マトリックス理論がある。マトリックスとはラテン語でメイトリックス、子宮の意味だ。何かを産み出すおおもとの意味でもある。その理論を簡単に言えば、 X 軸 と Y 軸の交点に答えがあるという理論だ。” い、ろ、は ” にマトリックスは存在しない。団十郎が ” あ、か、さ、た、な  ” を主張した意味がここにある。明治維新によって寺子屋が廃止され、小学校が設営されて  ” い、ろ、は 、” から 、” あ、い、う、え、お、” に転換してゆくそのはるか 250年前 、元禄時代が終わって間もない  ” い、ろ、は ” 全盛の時代に、団十郎はそのマトリックス理論を備えた ” あ、か、さ、た、な ” が見えていたことになる。

丸暗記では、時がたてば忘れるか逆転して入れ替わるかの危うさが常に付きまとうが、そこに法則がきちんと存在すればその法則のもとに辞書を引き直さずとも、答えを導き出すことができる。たとえば、 “ 一家言 ” いっかごん? いっかげん? 、どっちだったっけ、と一度は調べはしたが、いつしか自信がなくなることがしばしばある。辞書を取り出す前に、法則を持ち出すのだ。 『 一つの単語に、漢字音が混在することはない 』 この法則を適用すれば、答えはおのずから導き出される。一家の ” か ” は漢音であるから、言の漢音は ” ごん ” ではなく ” げん ” 、したがって一家言 ” いっかげん ” が正しい。このゲーム楽しくありませんか?

丸暗記は知識ではない、知識とは、法則のもとに常に答えを導き出せる方程式に他ならない。

そんな 『 中国音韻学 』 の教科書として団十郎が成立させたのが、 『 外郎売り 』 なのである。これまでただ早口言葉の教材とだけとらえてきた方々にとってはまさに目からうろこの衝撃。

“ はまの二つは唇の軽重 ” などと平気で読んできた方々は意味も分からずに読んできただけ。唇の軽重とは、上下の唇を結ぶ力の大小を言っているのであって、だとすれば、はひふへほの、は行は軽い結び方をするよ、という示唆を含んでいるのだが、実際には、は行は、唇などくっつきはしないではないかの疑問が生じる。

そう、きっと、は行ではないのではないか?

正確に言えば、は行ではなく、ふぁ業なのだ。 F 音であれば軽く唇は結ばれて上下の唇は重なる。唇が結ばれて、一番小さな圧力で発せられる音が、ふぁ、ふぃ、ふ、ふぇ、ふぉ、なのであるよ、という教えを説いているのだ。

1718年といえば江戸前期、このころ、は行は限りなくふぁ行に近かったようであり、更に遡れば、ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ、のぱ行だったりする。韓国の方たちは、 ” ぼく ” と言えず、必ずや、 ” ぽく ” というシーンに何度か立ち会ってきた。このあたりにも関係性がありそうだ。漢字が大陸から伝わってきた歴史浪漫すら感じることができる。

歌舞伎的なる発音が今現在でも存在する。たとえば、 『 おはまさん 』 というセリフが、なんとなく 『 お ふぁまさん 』 にも聞こえる所以でもある。だとすれば、平気で、はまの二つは唇の軽重と読んでいては、うそを伝えていることになる。完全な  F 音でなくてもよいから、せめて唇が軽く触れる実感を持って語っていただきたいものだ。

外郎売りの口上の中で気を抜ける部分など皆目ない。濁音、鼻濁音の使い分け読みわけなども凄まじいものがある。

中国音韻学の法則にあふれた作品であることに気が付かなければ、外郎売りに問り組む甲斐がない。そんな切り口から、外郎売りに取り組んでいるのが、当研究室なのである。

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